しらゆりの世界

発達障害の息子と共に生きながら、独自の見解で語るブログ。ADHDをよく知らない方にも。

赤ちゃん時代の息子の話〜悩むのもいいが相談するべし〜

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どうも、しらゆりです。

 

息子の赤ちゃん時代の様子をお話ししようと思う。

 

小学校1年生でADHDと判明した息子だが、生まれた頃はもちろん息子が発達障害だとは少しも疑っていなかった。

 

今思えば、俗に言う”育てにくい赤ちゃん”だったのだと思う。

 

 

 

息子は、お腹の中にいる時からとにかく足が元気だった。

妊娠後期になるととにかく胎動が痛い!

 

就寝時、私が横向きになんてなろうものなら脇腹をこれでもかと蹴ってきた。

「早く生まれてきてくれ・・・」と、何度思ったことだろう。

 

 

 

だが、生まれてからというもの、もう一度お腹の中に戻す方法はないかと考えるほど苦悩な日々の連続だった。

タイムマシンで何度も過去をリピートして、息子がお腹の中にいる日々に浸るくらいしか方法がない。

タイムマシンで過去に行ったとしても、少しでも過去を変えてしまうハプニングでも起きれば、バタフライエフェクトで息子が無事に生まれない未来にでも変わってしまう可能性さえもある。それは怖い。

 

というか、そもそもタイムマシンがない。

 

つまり、もう一度お腹の中に戻す方法などないのだ。(みんなわかってる)

 

 

 

そう。息子はとにかく音や環境の変化、私と私の母以外の人間にはとてつもなく敏感だった。

 

 

寝るときは抱っこ以外ではなんとしてでも寝ない。そして寝つきもすこぶる悪い。

やっと寝たと思って布団に下ろしても、金切り声で泣き叫ぶ。布団に下ろすことに成功しても、ドアを開ける音や皿洗いの音でも即座に目を覚まし金切り声で泣く。

 

もう泣くっていうか、鳴く。警報が鳴る

 

 

初めて息子に御目に掛かる友人が遊びに来たときは、突然の空気の変化に驚いたのだろうか。先ほど飲んだばかりのミルクを盛大に吐いた。マーライオン並だ。芸術といえよう。

 

 

買い物に行っても絶対に、頑なに、買い物カートに乗らない。ベビーカーも同様だ。

乗せようものなら警報が鳴る。

 

チャイルドシートなんかもうどうしようもないのだが、出発から到着まで警報が鳴り続ける。

 

遊びになんかとてもじゃないが行けなかった。

 

友人宅にも、カフェに赤ちゃん連れて♪なんて、私にとっても息子にとっても自殺行為となる。

 

 

 

 

 

孤独だった

 

 

 

 

 

私は息子を産んで、数ヶ月で元旦那とは別居&そのままシングルマザーとなったのだが、やはり働かなければならない。

 

まだ10代だった私は生活能力がなく、実家に住ませてもらうことになったのだが(私の母もシングルマザー)、頼れるのは母しかいなかった。

 

息子を一人で育てる自信もなかった。

 

私の母の強いこだわりにより、「保育園も託児所もダメ」という身動きの取れない環境に身を置いた私は、どうにかやりくりし、息子が生後半年になった頃夜の仕事を始めた。俗にいう、水商売だ。

 

夜まとめて寝るようになった息子を母に預け、仕事中に鬼のように来る母からの連絡に耐えながら仕事をした。(干渉が激しいタイプの母)

 

だが、夜中に帰ろうと朝帰ろうと(客が帰るまで営業するスタイルの店だった)昼間の仕事をしている母は、通常通り仕事へ行く。

 

そう。私は「寝る時間」を取ることは許されなかった。

 

地獄のような日々が始まったのだ。

 

 

 

授乳の最中、私が少しでもウトウトしてしまうと「ふざけるな!」と母に罵倒され、しまいには「あんたなんか母親じゃない」とドヤされる日々が続いた。

 

 

 

息子の成長を喜ぶ私と、逃げ出したいと思う私が、毎日葛藤していた。

 

 

 

児童施設を探す自分もいた。

 

 

私は母親として失格なんだと。

 

 

うまく息子と付き合うことができてない。

 

 

息子がかわいそうだ。

 

 

だがどうしても、息子のいない生活を想像することができなかった。

 

 

まだ10代だった私は、適切な機関に相談するなどといった思考は持ち合わせていなかった。

 

 

息子にも、若さゆえの大きな焦りが多少なりとも伝わっていたと思う。

 

 

 

このままでは私と息子の命が危ないとさえ感じていた。

 

 

 

だが、誰にも相談できなかった

 

検診も予防接種も欠かさず出向いていたのだが、ただ自分の力量不足だと思い込んでいて相談に至らなかった。

 

もちろん周りの友人も10代のため、相談してもわからないだろうと思っていた。

 

 

 

 

そして何より、息子は成長が早かった

 

初めての寝返りも生後2ヶ月。

生後10ヶ月頃には「いたー!」などの単語を喋り出し、歩いていた。

 

「こんにちは」「ごめんなさい」など頭を下げることを覚えたり、大人のマネを良くしていた。

 

成長になんら問題がなかったことが、息子がADHDであることの発見を遅らせた要因でもあったのかもしれない。

 

もちろん、ADHDという単語も、発達障害という単語でさえも全く知らなかった。

 

 

 

 

だが、息子が1歳を過ぎた頃、私の中で何かが弾けた。

 

私は超ド級のマゾだったのだ。(ちょっと何言ってるかわからない)

耐えた。耐え続けた。

 

私は立ち上がった。

 

「保育園に助けを求めよう。」(保育園の存在くらいは知っていた)

 

 

 

 

本来助けを求める場所ではないが、無知な私には他に選択肢がなかった。

初めて子育て支援という存在を知り、かけこんだ。

 

「今空いている保育園はないのか」と訪ねた。

 

私立の保育園に空きがあることを知った。

 

もうどこでもよかった。

 

すぐさま保育園に連絡を取り、ボロボロの10代金髪女が赤ん坊を連れて保育園に駆け込んだのだ。

 

のちに、とてつもなく優良な保育園だったことを実感する。

 

 

 

 

私が駆け込んだ保育園の園長先生は、そんな私を見て全く軽蔑することもなく、温かく出迎えてくれた。

 

すぐに申込書等書類を用意してくれ、手続きをしてくれた。

 

息子のことを相談するわけではなかったが、救われた気がした。

 

 

 

 

すぐに身なりを整え、昼間の仕事を探し、働き始めた。

 

週末は夜の仕事をした。

 

 

 

 

保育園に通い始めた当初は想像通り、息子は毎日警報を鳴らした。

 

だが、息子を担当してくれた未満児クラスの先生が、これまたなんとも良い先生だった。

 

無事に保育園へ通うことができたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

一旦、息子が保育園へ通うところまでで話をまとめるが、何を言いたいかって「悩むのもいいが相談するべし」だ。

 

誰でもいい。わかってくれない人がいるのは当然なんだ。

 

「お前が悪い」と言われようと、諦めずに助けを求めればわかってくれる人は必ずいる。

 

私はわかってくれる人などいないと思い込んでいた。

自分で自分の首を締めていただけだった。

 

追い詰められる前に、勇気を出して行動するしかないと学んだ。

 

保育園へ通っていても、息子がADHDだとわからなかったほどだ。

 

それでも、その時に合った方法が必ずあるはずなんだ。

 

 

 

 

息子が小学校へ入学してから、発達障害を疑われ私が真っ先に相談したのは、

発達相談センターだった。

 

トラブル続きだったこともあり、同じ小学校の親たちには誰一人として相談できず(同じ保育園の子が一人もいなかったため、知っている親もいない)、担任の先生は感情むき出しで迫った来ていたし、通っていた保育園の先生に保育園時代の息子の様子を確認するのも怖かった。

 

ネット検索で存在を知った発達相談センターに、震えながら勇気を振り絞り電話をして悲痛な胸の内を明かすと、「お母さん、よく勇気出して電話してくれたね!」と言われたんだ。

 

泣いた。

 

汗かきで、鼻炎のため普段から鼻水ダレダレのこの私にも、涙に変わる水分が残っていたと知った瞬間でもあった。

 

 

 

 

相談するところは、意外とたくさんあったんだ。

 

もちろん、

  • 検診の時
  • 病院へ受診した時

ちらっと相談しても良いと思うんだ。

 

 

専門的な機関といえば、

などがある。

 

小学校へ通っているなら

  • 支援コーディネーターの先生

を、紹介してもらうのも良い。

 

 

私は発達相談センターの支援員の方から、「通っている小学校には〇〇先生っていう支援コーディネーターの先生がいるから、この番号にまず連絡して!」と紹介をしてもらった。

 

支援コーディネーターの先生に、学校での話し合いの場を設けてもらったりした。

 

あとはほとんど、発達相談センターにお世話になった。

「生まれた頃から大変だったでしょ。良くがんばったね。」と言ってくれたのも支援員の方だった。

 

発達相談センターでの支援内容は、また後日お話しするとしよう。

 

 

 

 

とにかく、とにかく、相談してほしい。

ここまで抱え込むのも珍しいと言われる私だが、私だけじゃない気がしている。

 

今はネットが普及しているが、情報を得やすい代わりに誤った情報も得やすい。

 

専門家に相談するのが一番だ。

 

「思い過ごしだったらどうしよう」「屈辱的になりそう」という気持ちもわかる。

 

だが、思い過ごしならそれで良いじゃないか。

他のアドバイスをもらえるかもしれない。

 

はっきりする日は必ず来る。

 

自分が潰れてしまう前に、助けを求めてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

じゃあ、またね。